どうにもならないことが起きたとき
こんにちは、髙杉です。今日は、私の日常の話をします。
はじめに
少し前の記事でも書きましたが、1月に前がん病変が見つかり、手術を受ける予定になりました。自覚症状はまったくなく、検診で偶然見つかったものです。2月末に2泊3日で入院する予定でした。
ところが、その手術が1ヶ月延期になりました。理由は、病院側のミスでした。申告した内服薬の中に、手術前4週間は中止しなくてはならない薬があったのを、医師が見逃していたのです。入院10日前の術前検査の最後にそれが判明しました。
医療現場では、もちろんミスはあってはいけません。それでも残念ながら、ゼロにはできないという現実もあります。私は医師なので、そのことはよくわかっているつもりです。それでも、そのときはやはりショックでした。
泣きながら帰った日
入院のために予定を調整し、仕事の休みを確保し、いろいろな準備をしてきました。手術の覚悟もしていました。それらがすべて、無駄になってしまったのです。
しかも今回の病変は、がんではないとはいえ、いわば「がんになる前の段階」です。できるだけ早く手術したほうがよいと言われていました。それが1か月延期になったことにも、不安を感じました。
さらに、その日の事前検査には6時間以上かかりました。検査と診察の費用も1万円ほど支払いました。延期になったことで、これらの事前検査はすべてやり直しになりました。そのことも、とても悔しく感じました。
病院を出たあと、私は泣きながら帰りました。予定が崩れたことへの落胆、病気への不安、医師への怒り。いろいろな感情が一度に押し寄せてきたのだと思います。自分でもちょっと驚きましたが、疲れと空腹で心が弱っていたのかもしれません。
つらいことがあれば、涙が出ます。悲しいときに泣くのは、自然な反応です。泣くことは、みっともないことでも、弱いことでもありません。生きていれば誰にでも、泣くような出来事が起こるはずです。
私が最初にやったこと
病院からの帰り道、私はパン屋さんに寄って、普段は食べないカスタードコロネを選びました。他にもふたつ、ショーケースから美味しそうなパンを選んで買いました。そのあとドラッグストアで、ちょっと高級な入浴剤も買いました。
美味しいパンを食べても問題は解決しません。手術延期という事実は変わりませんし、病院のミスが許されるわけではありません。それでも、温かいパンを食べて、ゆっくりお風呂に入ると、少しだけ気持ちが落ち着きました。
あとから振り返ると、あれはたぶん「セルフケア」だったのだと思います。セルフケアというと特別なことのように聞こえるかもしれません。でも実際には、つらいときこそ小さな優しさが大きな慰めになるものなのです。それが他人からのものであれ、自分からのものであれ。
少し落ち着いてから考えたこと
少し気持ちが落ち着いてから、「延期になって良かったことを見つけられるだろうか」と考えてみました。
もともとの手術予定は、タイ旅行から帰ってきてすぐのタイミングでした。もし予定通りだったら、体調が十分に整わないまま手術に臨んでいたかもしれません。実際、帰国後は体調を崩していました。少し間隔が空いたことは、結果的には悪くなかったのかもしれません。
もう一つ、持病の点滴の問題もありました。普段は3週間ごとに受けている治療なのですが、手術にあたって4週間点滴を受けられなくなる予定でした。延期になったことで治療を調整する余裕が生まれ、いつもの3週間の間隔で治療を受けることができました。
もちろん、延期にならないのがいちばん良かった。でも、悪いことばかりでもないのかもしれない、と思えるようになりました。心理学では、こういう見方の変化を「リフレーミング」と呼ぶことがあります。起きた出来事そのものは変えられませんが、その出来事の見方を少し広げることはできる、という考え方です。
ミスをした医師への怒り
今回の出来事では、ミスをした医師への怒りもありました。防ぐことのできた、非常に初歩的なミスだったからです。
ただ、落ちついてから考えました。私は医師として完璧なのか?ミスをしたことは一度もないのか?もちろん答えはNOです。患者さんに迷惑をかけてしまったこともありますし、そもそも自分では気づいてすらいないミスもあるでしょう。
仕事でも、日常生活でも、これまで多くの人が、私のミスを許してくれたはずです。今回のミスは故意ではありませんでしたし、きちんと謝罪もありました。だから、これまでそうしてもらってきたように、私も許そうと思いました。
許すというのは、ミスを肯定することではありません。人は不完全だという現実を受け入れることなのだと思います。これは、心理学で「人間の共通性」と言われる概念です。誰もが失敗し、誰もが痛みを抱えている。それに気づくことで、自分のことも他人のことも、思いやれるようになるのです。
私がやったことを整理すると
今回の出来事を振り返ってみると、特に意図したわけではありませんが、私はいくつかのことをしていました。
まず、感情を否定しませんでした。悲しかったので、泣きました。
次に、自分を少しケアしました。パンを買って帰り、香りのいいお風呂に入りました。
それから、視点を少し広げてみました。延期によって起きた別の側面を考えてみました。
そして、人は誰でもミスをするという現実を思い出し、その医師を許すことにしました。
どうにもならないことは起きる
人生には、ときどき「どうにもならないこと」が起きます。医療の場面だけではありません。仕事でも、人間関係でも、予想していなかった出来事が突然起きることがあります。防げるものもありますし、防げないものもあります。そして残念ながら、すべてをコントロールすることはできません。
だからこそ、起きた出来事そのものではなく、その出来事とどう向き合うかが大切なのだと思っています。
おわりに
私もまだ、この出来事を完全に整理できているわけではありません。思い出すたびに嫌な気持ちになりますし、不安にもなります。ただ、こうして少しずつ、自分なりに向き合っているところです。
もしいま、どうにもならない出来事に直面している人がいたら。悲しいときは、泣いても大丈夫です。それが取るに足りない悲しみであるように思えたとしても。できれば、自分に小さな優しさを向けてみてください。自分は一人ではないのだということを、思い出してください。そういう小さなことが、思ったよりもずっと、私たちを支えてくれるものなのです。


