ADHDな私の失敗談ーありえないミスをするのはあなただけじゃないー
こんにちは、髙杉です。今日は、私の日常の話をします。
はじめに
気づけば、このブログも各カテゴリ10本目に突入しました。ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます。最近は「ブログを読んで受診しました」と言ってくださる患者さんも少しずつ増えてきていて、ちゃんと誰かに届いているんだなと実感しています。
今回は少し趣向を変えて、私の「ADHD的な失敗」について書いてみようと思います。ADHDを取り扱ってはいますが、医療的な解説ではなく、あくまで一個人の体験談です。
正直に言うと、なかなかインパクトのある失敗ばかりです。笑って読んでいただければと思いますが、医師としての信用を失うのではと、ちょっと心配もしています。ただ、同じような失敗で悩んでいる方に、「こんなことをやらかすのは自分だけじゃないんだ」と知ってもらえたらと思い、共有することにしました。
ADHDであるということ
私は幼稚園の頃から、いわゆる「ちょっと変わった子」でした。成長するにつれて、周りの子たちとの違いが目立つようになっていきました。
小学校では、授業中に椅子をギッタンバッコンしてそのまま後ろに倒れたり、クラスでいちばん忘れ物が多かったり、「放課後職員室に来てね」と言われたことを忘れてそのまま帰宅したり。いま振り返ると、典型的な不注意と多動の特徴がありました。
20代のときに職場で適応障害になり、精神科の主治医に勧められて知能検査を受けたところ、ADHDと診断されました。薬もいくつか試しましたが副作用が強く、続けられませんでした。
いまはその代わりに、徹底的に「仕組み」でカバーしています。気をつける、注意する、ではなく、どうやってもミスを起こせない構造を作る。傍目にはやりすぎに思えることも、決してやりすぎではないことが、今日の話でみなさんにもわかっていただけるはずです。
それでは、学生時代の数えきれない大失敗を3つの部門に分け、それぞれの中で1位だと思うものをご紹介します。いざ!
自分が困った部門1位:「手ぶらで登校事件」
忘れ物というのは誰にでもあります。教科書を忘れる、体操着を忘れる。みなさんにも経験がありますよね。あってほしいところです。ただ、ADHDはそこを軽く飛び越えてきます。カバンの中身ではなく、カバンを忘れます。
中学生のある日、私は手ぶらで登校しました。学校が見えてきたところで、なんとなく背中がすーすーと軽いことに気づき、青ざめました。その日は雨でした。傘を忘れないようにしようと思った瞬間、カバンの存在が頭から消えたのでしょう。傘を差したことで、なんとなく荷物を持った気になったのかもしれません。
結局、雨の中を全力で家まで走って戻ることになりました。忘れ物に気づいたときの感覚って最悪ですよね。血の気が引いて動悸が激しくなり、「なんでこんなことを忘れるんだろう」という情けなさで、吐き気がする。そういう朝を、何度繰り返してきたことでしょうか。
この事件のあとから、8歳下の妹が毎朝のように「カバン持った?」と確認してくれるようになりました。一人暮らしを始めてからは、玄関のドアに荷物を引っかけて、手に取らないと外に出られないようにしています。
他人を困らせた部門1位:「他人のカバンで下校事件」
カバンを持って登校できたからといって、油断はできません。部活で疲れた高校生のある日、私は他人のスクールバッグを持って帰宅しました。
カバンを放り出してくつろいでいたら、固定電話に着信が。カバンが見当たらない子がいて、帰宅したはずの髙杉さんのカバンがある。これはもしやということで、学校から電話がかかってきたのでした。
父が飛ばす車に乗って大慌てでカバンを返しに行きましたが、本当に申し訳ないことをしました。ちなみに、体育のあとに他人の制服をしばらく着ていたこともあります。
学校指定のスクールバッグにお揃いの制服。なぜみんな間違えないのか、いまでも私にはわかりません。わからないことは、他にもたくさんあります。
放課後までずっと口に出して唱え続けていなくても、忘れずに職員室に行けるのはなぜなんだろう。扉の横に立って案内表示を睨み続けていなくても、電車を乗り過ごさないのはどうしてなんだろう。「普通」に考えたら無理だと思えることを、誰もが当たり前にできている。本当に脳の造りが違うらしいなあと、実感します。
自分でもびっくり部門1位:「作った夕食食べ忘れ事件」
これは自分でも驚いた出来事です。大学生になり、一人暮らしを始めて、慣れないながらも自炊をしていました。その日も一生懸命夕食を作って、いい感じに完成しました。
翌朝キッチンに行くと、「昨日食べたはずの夕食」がそのまま残っていました。一瞬わけがわからず、タイムリープしたのかと思いました。食べるのを忘れていたようなのですが、食べていないという記憶もない。代わりに親と電話をした記憶はある。
どうやら、電話がかかってきた瞬間に夕食のことが頭から抜け落ち、食べた気になってしまったようなのです。沸かしたお風呂に入り忘れることはときどきありましたが、作った食事を食べ忘れたのはこのときだけです。
「自分は生理的な欲求を満たすことすら忘れうる」ということが身に染みた一件でした。いまはこういった、忘れようがなさそうなことでも、時間と順番を固定し、さらにチェックリストで確認しています。
まとめ
こんな感じで、私は子どもの頃からずっと叱られ続けてきました。当時は発達障害という概念があまり知られておらず、周囲からは「やる気がない」「ふざけている」と思われていたと思います。成績は良かったため、「できるのにやらない子」と見られやすかったのも、つらいところでした。
いま振り返ると、これはやる気や努力の問題ではなく、完全に仕組みの問題だったと思います。気をつける、頑張るではなく、どうすればミスが起きない構造を作れるか。そこにもっと早く気づけていたら、生きやすさは大きく変わっていたはずです。
ところで、ここまで読んでいただいたみなさんの中には、当然の疑念が湧いてきているかもしれません。「こんなとんでもないミスをする医師に診てもらって大丈夫なのか?!」と。率直に言って、私一人だけで患者さんを診ていたら、まったく大丈夫ではないでしょう。
でも、安心してください。私はミスをしますが、ミスが患者さんに届く前に回収する仕組みがあります。私がADHDだと知ったうえでしっかり確認してくれている、注意深い看護師さんや医療事務さんたちが、みなさんを守っています。これがあるからこそ、私は自分の役割に全力投球できているのです。
おわりに
もしあなたが今回の記事を読んで、「自分も実は似たようなミスをしてしまう、笑えない」と感じたのであれば、まず伝えたいのは、そういうミスをするのはあなただけではないということ。そして、大きなミスをすることと、人としての価値とはまったく別の話であるということです。
「似たようなミスをする人がいて困っている」という人もいるかもしれません。もちろん、悪意や怠惰によるミスである可能性は否定できません。でももしかしたら、生まれついた特性によるもので、本人も同じくらい困っているかもしれないことを、心に留めていただけたらと思います。
もちろん、特性だからといって困りごとを諦める必要はありません。内服薬で症状を軽くすることができるかもしれないし、仕組みを作れば解決することもあります。いちばん残念なのは、努力の方向性を間違えて、なんの成果もなく疲れ果ててしまうことです。
自分一人で抱え込まずに、「どうすればうまくいくか」を一緒に考えてくれる人を見つけることが大切です。それは親や上司かもしれないし、SNS上の仲間かもしれません。つづきクリニックでもご相談に乗ることができます。特性を変えることはできませんが、生きやすさは大きく変わるはずです。


