ACT実践ガイド④ 葬儀のワーク
こんにちは、髙杉です。今日は、心療内科のお話をします。
はじめに
前回の心療内科記事では、「価値」とは、どんな人として生きたいかという人生の方向性だ、というお話をしました。ただ、ここで多くの方がこう感じます。
「それがわからない」
実際、価値は頭で考えても、なかなか見えてきません。「これが本当に自分の望みなのかな」「周囲に影響されているだけでは?」「何を大切にしたいのか、よくわからない」。そんなふうに迷うこともあります。
ACTでは、価値を見つけるために、少し視点を変えるワークをよく行います。普段の忙しさや不安から少し距離を取り、「人生全体」を眺めてみるのです。今回は、その中でも代表的な2つのワークをご紹介します。
① 葬儀のワーク
少し目を閉じて、こんな場面を想像してみてください。
雨の降る、暖かな春の日。あなたは静かな葬儀場に到着します。あなたにとって大切な誰かの葬儀が行われているようです。中に入ると、あなたもよく知っている人たちが集まって、故人との思い出を語り合っています。
悲しみはあります。でもそれだけではありません。その人と出会えたことへの感謝や、一緒に過ごした時間の温かさのようなものも感じられます。
あなたはゆっくりと前へ進みます。祭壇の前まで来て、遺影を見上げた瞬間、気づきました。そこに飾られていたのは――あなた自身の写真です。これは、数年後に行われる、あなたの葬儀なのです。
葬儀の中で、あなたと親しかった人たちが、順番に弔辞を述べています。日本の葬儀にはあまりない習慣ですが、海外の映画に出てくるような場面で想像してみてください。
家族代表として、配偶者やこどもが、涙を流しながらスピーチしています。彼らは、あなたについて何と言っているでしょうか。友人代表はどうでしょう。仕事仲間は、あなたをどんな人だったと語っているでしょうか。地域や趣味のコミュニティの人は、あなたからどんな影響を受けたと言っているでしょうか。
これは、現実を予想するワークではありません。自由に考えてみてください。彼らはなぜ、あなたとの出会いに感謝しているのでしょう。どんな人だったと覚えられていたいですか?周囲にどんな影響を与えていたいですか?実際に自分の弔辞を書いてみるのもお勧めです。
ここで大切なのは、「何を達成したか」ではなく、「どんな人として生きていたか」に注目することです。
たとえば、自分の子どもから、「お母さんはいつも完璧に家事をこなす人でした」と言われる母親と、「お母さんは完璧ではなかったけれど、私が悩んだとき、いつも隣で一緒に悩んでくれました」と言われる母親、どちらがあなたの理想に近いでしょうか。
私たちが本当にこの世に残したいのは、成果そのものではなく生き方なのかもしれません。部活でうまくいかなかった日。夜遅く、泣きながら帰ってきた日。そんなときに家事の手を止めて、隣で一緒に悩んでくれた。そういう記憶のほうが、ずっと長く強く、残された人の支えになることがあります。
② 最後の日のワーク
次は、人生の最後の日を想像してみてください。
あなたは長い人生を生き終えようとしています。不思議と、心は穏やかです。そして、こう感じています。「つらいこともたくさんあったけれど、自分らしく生きた、良い人生だった」。ーーしばらく目を閉じて、そのときの穏やかさ、満ち足りた気持ちを味わってみてください。
なぜそう感じることができているのでしょうか。あなたはその日まで、どんなことを大切にして生きてきたのでしょう。誰と、どんな時間を過ごしてきたのでしょう。どんな場面を思い出して、「自分らしいな」と感じたのでしょうか。
ここでも、「成功したかどうか」を考える必要はありません。他の人から見てどんな人生だったかを考える必要もありません。実際のところ、人生の最後の日に、自分の銀行口座の残高やSNS投稿についたいいねの数を思い返す人は、多くないからです。
意外に思われるかもしれませんが、人は人生の最後に、「人生で何が起こったか」そのものを振り返るとは限りません。人が最後に強く想うのは、「なにがあったか」以上に、「その中で自分がどう生きたか」なのです。
誰とどんな時間を過ごしたか。どんなふうに人を大切にしたか。どんな景色を見て、何を味わって生きたか。苦しい中でも、何を大切にして選んできたか。そうしたことを思い返して、「いい人生だった」と思うには、いまをどんなふうに生きたら良いのでしょうか。
もし「自分の葬儀」や「人生の最後」を想像するのが難しい場合は、子どもの結婚式や成人式の日、仕事を引退する日、大切な節目を迎えた日などを想像してみても構いません。その日に、身近な人から何といわれたいでしょうか。「今日まで自分らしく生きてきた」と感じられるのは、どんな人生でしょうか。
価値は、立派なものでなくていい
こうしたワークをすると、「もっと大きな夢や使命を見つけなければ」と感じる方もいます。ですが、価値は必ずしも壮大なものである必要はありません。
家族との時間を大切にしたい。人に誠実でありたい。小さな楽しみを味わって生きたい。学び続けたい。誰かの役に立ちたい。そういうもので、十分なのです。
ACTで大切なのは、「正しい価値」を見つけることではありません。自分にとって大切な方向を見つけ、その方向へ少しずつ進んでいくことです。価値は、誰かと比べるものではなく、自分自身の人生のコンパスのようなものなのです。
心がつらいとき、私たちは「不安を減らすこと」ばかりに意識が向きやすくなります。もちろん、それ自体は自然なことです。
ただ、不安を避けることだけが中心になると、「自分はどう生きたいのか」が見えなくなり、人生そのものが少しずつ小さくなってしまうことがあります。価値を考えるワークは、「不安があるかどうか」だけではなく、「それでも何を大切にしたいか」を思い出す助けになります。
おわりに
もちろん、これらのワークを一度やっただけで、自分の価値が完全に明確になるわけではありません。人生経験や環境の変化によって、大切にしたいものは少しずつ形を変えていくこともあります。それでも、「どんな人として生きたいか」を考えることは、迷ったときの大切な道しるべになります。 そして価値は、特別な場面だけに表れるものではありません。 たとえば今日、大切な人に一言メッセージを送る。少し丁寧に「ありがとう」を伝える。不安があっても、5分だけ挑戦してみる。そんな小さな行動も、価値に沿った一歩になります。
価値は、人生のどこか遠くにあるものではなく、日々の小さな選択の中に表れていくものなのです。


