こんにちは、髙杉です。今日は、心療内科のお話をします。


はじめに

前回の心療内科記事では、「価値」についてお話ししました。ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)でいう価値とは、「どんな人として生きたいか」「人生の中で何を大切にしたいか」という人生の方向性のことでした。

ここでちょっと考えてみましょう。例えば、価値についてのワークを行って、「健康」という価値を見出した人がいるとします。常に健康の大切さを意識し、健康的な生活をしたいと思うようになりました。でも、食生活は乱れたままで、運動の習慣もない。さて、この人の人生は健康に近づけるでしょうか。

実は、どれほど立派な価値を持っていても、行動が変わらなければ人生は変わらないのです。むしろ、価値を持っているだけでは、価値に沿っていない現実とのギャップから、自己嫌悪に陥ってしまいかねません。

今回は、ACTが考える「価値に沿った行動」についてお話ししたいと思います。


価値は方向、行動は道のり

価値がわかっただけでは、そこに近づくことはできません。向かう方向がわかっただけでは、現在地は変わらないのと同じです。どこに向かうにしろ、まずは地図を広げて道のりを調べ、歩きはじめるところから始まります。

「健康」という価値の方向に進む道のりは、どのようなものでしょうか。今日の午後は何をすればよいのでしょうか。明日は何をすればよいのでしょうか。ACTでは、「その方向へ進むために、いまから24時間以内に何ができるだろうか」と考えます。

例えば、10分だけ散歩する。エレベーターではなく階段を使う。寝る30分前にスマホを置く。夕食の野菜を一品増やす。そんな行動が考えられるかもしれません。

ACTでは、このように価値を具体的な行動へ翻訳していくことを大切にします。価値は方向を示してくれます。しかし実際に人生を変えるのは行動です。


行動は確認できる

価値と行動の違いは、他にもあります。

例えばあなたが、「今日から健康という価値に沿って生きよう」と決意したとします。夜になって、「今日は健康を大切にできただろうか?」と振り返ります。できたような気もするし、足りなかったような気もする。価値はゴールではなく方向なので、後から確認するのが難しいのです。

一方で、「今日から10分散歩しよう」と決意したとしたら、どうでしょう。夜に振り返ったときに、「意外と30分もできた」「今日は雨が降ってできなかった」と、簡単に確認できます。できていたら喜びを感じられるし、できていなかったら「雨の日は代わりに何をしたらいいかな」と考えることができます。

価値を行動に翻訳することは、人生を変えるだけでなく、変わったことを実感し、もっと良いやり方を見つけるのにも役立つのです。


気分が良くなるのを待たなくていい

私たちはつい、「やる気が出たら食事管理をしよう」「疲れが取れたら散歩しよう」「気分が乗ったら早く寝よう」と考えます。しかし実際には、やる気やいい気分を待っていると、なかなか行動できません。

ACTが特徴的なのは、行動するために気分を変えようとはしないことです。やる気が出たら動くのではありません。「やる気がないからできない」という考えから自分をそっと外して、価値の方向を向くのです。

100歩進む予定が、5歩になってしまうことはあるかもしれません。それでも良い方向に向かったことには変わりありません。面倒でも食事の写真だけは撮っておく。疲れていても5分だけ歩く。眠れないような気がしても決めた時間にベッドに入る。

そんなふうに、気分ではなく価値を基準に行動を選ぶと、不思議なことが起こります。一歩進めたことが喜びになり、もう一歩を踏み出したくなるのです。「自分にとって大切なことを、自分で選んでやった」という体験は、人生を充実させ、幸福感をもたらしてくれます。


小さな行動には大きな意味がある

ここで大切なのは、大きな変化を起こさなければならないわけではない、どこかに到達しなければならないわけではない、ということです。

私たちはつい、「大きな状態のゴール」に目を向けてしまいます。そして、そのゴールに到達できなければ意味がないと考えてしまいます。そうすると、「小さな行動のゴール」には意味がないように思えて、大きすぎる行動のゴールを自分に課してしまうのです。

「体重を5kg減らしたい。10分歩くだけではほとんど何も変わらないから、毎日30分ランニングをしよう」と決意したら、どうなるでしょう。数日は頑張れてもそのあと続けることができず、挫折感を味わい、ストレスで食べすぎて体重が増えてしまいそうです。

小さな行動を続けるいちばんの目的は、実は「大きな状態のゴール」を達成することではありません。少なくともACTにおいて、10分歩く本当の目的は、体重を減らすことではないのです。健康という価値を、生活の中で表現する。「健康」の方向を向いて今日を生きる。これが本当の目的です。

なにを達成したかではなく、どう生きたか。どこかで聞いたようなフレーズですね。そう、前回の価値のお話に戻ってきました。身近で大切な人には、「ダイエットに成功した人」よりも、「自分にとって大切な価値に従って生きた人」として、覚えておいてほしいですよね。


おわりに

前回の記事では、「どんな人として生きたいか」という価値について考えました。そして今回は、その価値を実際の行動につなげるという考え方をご紹介しました。

私たちは毎日、たくさんの行動の選択をしています。その一つひとつが、自分の大切にしたい価値へ進む一歩にもなれば、反対方向へ逸れる一歩にもなります。

次回は、ACTでよく使われる「チョイスポイント」という考え方をご紹介しながら、自分の行動を見つめる具体的な方法についてお話ししたいと思います。