こんにちは、髙杉です。今日は、心療内科のお話をします。


はじめに

「今日は早く寝よう」と決めていたのに、気づいたらスマホを見続けていた。「落ち着いて話そう」と思っていたのに、つい強い言葉を返してしまった。「食生活を整えたい」と考えているのに、疲れて帰ってくるとお菓子に手が伸びてしまう。

自分ではどうしたいかわかっているのに、なぜかその通りに動けない。こうした経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

これまでの心療内科記事では、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)における「価値」についてお話ししてきました。価値とは、「どんな人として生きたいか」「人生の中で何を大切にしたいか」という、生き方の方向性のことです。

また、前回の記事では、自分の大切にしたい方向へ近づく行動を「前進行動」、そこから遠ざかる行動を「後退行動」と呼びました。行動を良い・悪いで裁くのではなく、「この行動は、自分をどちらの方向へ連れていくだろう」と考える見方です。

それでも私たちは、後退行動だとわかっていることを、何度も繰り返してしまいます。そこには、私たちを後退行動へ引っ張るものがあります。ACTでは、それを「フック」と呼びます。


後退行動へ引っ張る「フック」

「フック」とは、英語で釣り針や、何かを引っかけるものを意味する言葉です。釣り針に引っかかった魚が、自分の進みたい方向とは別の方向へ引っ張られていくように、私たちも自分の中に生じた考えや感情に引っかかり、大切にしたい方向とは別の方へ引っ張られてしまうことがあります。

たとえば、ダイエットをしている人が、仕事から疲れて帰ってきた夜を考えてみましょう。夕食を食べた後、目の前にお菓子があります。すると、「今日は頑張ったから、少しくらいいいだろう」という考えや、「甘いものを食べたい」という衝動が浮かんできます。

このとき、目の前にお菓子があることや、仕事で疲れていることは、フックが生じるきっかけです。そして、その場で浮かんだ考えや感情、身体感覚、衝動などが、後退行動へ引っ張るフックになりえます。

フックは、不安や悲しみのような、つらいものだけではありません。「食べたら気持ちよさそう」という想像や、「今日くらい自分を甘やかしてもよい」という考え、食べることへの期待や楽しみも、後退行動へ引っ張ることがあります。

つまり、フックかどうかは、その体験が心地よいか、不快かでは決まりません。それに引っかかることで、自分の大切な方向から遠ざかる後退行動へ引っ張られているかどうかが大切なのです。


内的体験があることと、フックされることは違う

ここで、今回の記事で最も大切な区別があります。それは、考えや感情などが自分の中にあることと、それらにフックされていることは、同じではないということです。

「今日は頑張ったから食べてもよい」という考えが浮かぶこと自体は、悪いことではありません。「食べたい」という衝動が生じることも、自然な反応です。こうした考えや衝動は、自分の意思とは関係なく、ふと現れることがあります。

しかし、その考えをそのまま事実として受け取り、「食べたいと思ったのだから、食べるしかない」と流されていくと、行動の選択肢は狭くなります。このように、内側に生じた体験に引っかかり、気づかないまま後退行動へ引っ張られている状態を「フックされている」と表現します。

「食べたい」という衝動があることと、流されるまま食べ続けることは同じではありません。「どうせ私は続かない」という考えが浮かぶことと、その考えを事実だと決めつけ、すべてを投げ出すことも別です。

対人関係でも同じです。相手の言葉に腹が立つことと、強い言葉を返すことは同じではありません。不安を感じることと、不安に押されて必要な連絡を避けることも別です。

私たちの頭や心には、さまざまな考えや感情が自然に生じます。それらを完全になくすことはできませんし、なくす必要もありません。問題なのは、考えや感情があることではなく、それらに引っかかっていることに気づかないまま、行動まで自動的に決まってしまうことです。

この二つを区別することが、フックを理解するうえでの大切な出発点になります。


フックは四つの形で現れる

では、私たちを引っ張るフックは、どのような形で現れるのでしょうか。ここでは、自分の中に起きていることを見つけやすくするために、「思考」「感情」「身体感覚」「衝動」の四つに分けてみます。

「思考」には、いわゆる考えだけでなく、記憶、想像、自分についての評価、思い込み、自分の中のルールなど、頭に浮かんでくるあらゆることが含まれます。「今日くらいいいだろう」「残してはいけない」「一度失敗したら全部だめだ」「どうせ自分には続けられない」といったものです。

「感情」には、不安、怒り、悲しみ、寂しさ、焦り、空虚感など、心の中に浮かぶさまざまな気持ちが含まれます。楽しみや期待、安心感のような心地よい感情も、場面によってはフックになることがあります。

「身体感覚」には、身体の重さ、疲労感、胸のざわつき、喉の詰まり、肩の緊張、口寂しさなどがあります。そして「衝動」とは、食べたい、逃げたい、言い返したい、確認したい、すぐにスマホを見たいといった、何かをしたくなる内側の動きです。

実際には、これらはきれいに分かれるとは限りません。強い不安と胸のざわつきが同時に現れたり、「逃げたい」という衝動と「失敗したらどうしよう」という想像が重なったりすることもあります。

分類を正確に当てることが目的ではありません。自分の中で何が起き、何が自分を引っ張っているのかを見つけるための手がかりとして、この四つの見方を使います。


気づいて言葉にすると、選択肢が見えてくる

フックに気づくためには、自分の中に起きていることを、少し離れたところから眺めるように言葉にすることが役に立ちます。

たとえば、次のような形です。

「私はいま、『今日くらいいい』という考えがあることに気づいている」

「私はいま、寂しさという感情があることに気づいている」

「私はいま、胸のざわつきという身体感覚があることに気づいている」

「私はいま、食べたいという衝動があることに気づいている」

これは、考えや感情を消すための言葉ではありません。また、こう言えたからといって、必ず前進行動を選べるわけでもありません。気づいた後に、やはりお菓子を食べることもあるでしょう。不安に気づいても、連絡を避けることがあるかもしれません。

それでも、「自分はだめだ」「もう食べるしかない」「怖いから避けるしかない」と反応するのと、「いま自分の中に、このような考えや感情がある」と気づいてから選ぶことには違いがあります。

それまで一つしかないように見えていた反応に、少しだけ幅が生まれるからです。「食べたいから食べるしかない」という一本道だったところに、「食べたい衝動はある。そのうえで、この後どうしようかな」と考える余地が生まれます。

フックに気づくのは、行動する前でなくてもかまいません。お菓子に手を伸ばしている最中に気づくこともあれば、食べ終わってから「あのとき、自分は寂しさに引っ張られていた」と振り返ることもあります。

最初は行動の後から気づき、次第に行動の途中や、その直前に気づくようになることもあります。大切なのは、早く気づけたかどうかで自分を採点することではありません。自分の中に起きていたことと、自分が実際に取った行動を、少しずつ分けて見られるようになることです。


おわりに

今回は、私たちを後退行動へ引っ張る「フック」について考えました。

フックは、考え、感情、身体感覚、衝動などの形で現れます。しかし、こうした内的体験が生じること自体が、悪いわけではありません。私たちの頭や心、身体には、自分の意思とは関係なく、さまざまな反応が自然に起こります。

大切なのは、内的体験があることと、それにフックされて後退行動へ引っ張られることを区別することです。「食べたい」という衝動があることと、食べることは同じではありません。不安があることと、避けることも同じではありません。

「私はいま、〇〇という考えや感情、身体感覚、衝動があることに気づいている」と言葉にできると、それまで一つしかないように見えていた反応に、選択肢が生まれます。そこで他の選択をしたいと思ったら、これまで扱ってきた呼吸瞑想やマインドフルネスを使ってフックから自分を外し、価値に沿った前進行動を選べば良いのです。

フックに気づいてそこから自分を外すと、前進行動を選ぶのがずっと楽になります。まずは、自分の中に起きていることと、自分が取る行動は同じではないと知ること。それが、自動的に反応するだけではない選択肢を取り戻すための、最初の一歩になります。