こんにちは、髙杉です。今日は、心療内科のお話をします。


はじめに

前回は、足先から頭まで順番に注意を向け、身体に起きている感覚を観察する「ボディスキャン」を紹介しました。続けるうちに、これまで「つらい」「だるい」とひとまとめにしていたものが、身体のどこにあるどんな感覚なのか、少しずつ捉えられるようになってきたのではないでしょうか。

ところが、感覚に気づけるようになると、今度は別の壁にぶつかることがあります。気づいた不快な感覚を前にして、「早く消したい」「どうにかしたい」と抵抗・回避モードに突入してしまうのです。「せっかく気づけたのに、結局また無視しようとしている」——そんな自分に気づくことはないでしょうか。

もうひとつ、やっかいなことがあります。胸のあたりのモヤモヤ、喉のつかえ、お腹の重さ。こうした感覚は、輪郭がぼんやりしていて、「なんだか嫌な感じ」としか言いようがないことも少なくありません。曖昧なままだと、私たちはそれをうまく扱えず、ただ振り回されてしまいます。

今回紹介するビジュアライゼーションは、この曖昧な不快感に、いったん「見えるかたち」を与えてみる練習です。感覚を、色や形や大きさのある「もの」として思い描いてみます。そうすることで、感覚と自分の間に少し距離が生まれ、扱いやすくなっていきます。


ビジュアライゼーションとは

ビジュアライゼーションとは、頭の中で何かを思い描くこと(視覚化)を広く指す言葉です。たとえば、眠る前に、心地よい自然の中にいる自分を思い描くのも、その一つです。今回紹介するのは、そのうちの一つの使い方で、不快な感覚や感情のほうを「もの」として思い描く練習です。たとえば、胸のあたりの不安を「みぞおちにある、黒くて重い鉄の球」のように思い描いてみる、といった具合です。

なぜ、わざわざイメージにするのでしょうか。理由は大きく二つあります。

一つは、感覚に振り回されること(とらわれ)と、感覚から目をそらすこと(回避)の、両方を避ける助けになるからです。イメージしようとすると、自然と少し離れたところから感覚を眺めることになります。「これはどんな色だろう」「どれくらいの大きさだろう」と観察するには、感覚のただ中にのみ込まれていては難しく、一歩引いた視点が必要です。これで、感覚に振り回されずにいられます。そして、色や大きさをよく見ようとすれば、感覚から目をそらしてもいられません。観察と、目をそらすこと(回避)は、同時にはできないからです。

もう一つは、感覚を「もの」として捉えることができると、その後の扱いがぐっとやりやすくなるからです。曖昧なモヤモヤのままでは手のつけようがありませんが、「みぞおちにある鉄の球」までイメージがはっきりすれば、次にそれとどう付き合うかを考えやすくなります。これは、次回紹介する「エクスパンション」——その感覚のための余白を広げる練習——への橋渡しにもなります。


正解を探さなくて大丈夫

イメージするとき、「正しい答え」を当てようとする必要はありません。同じ感覚でも、人によって思い描く像は違いますし、その日によっても変わるかもしれません。ぱっと浮かんだもので構いませんし、うまく浮かばないときは「はっきり浮かばない」ということに気づくだけでも大丈夫です。

ただし、「何でもいいから適当に」ということではありません。「この感じは、鉄の球というより、もっとやわらかいゴムのようかな」——そんなふうに、どの言葉やイメージがしっくりくるかを探す、その過程そのものが大切です。しっくりくる表現を探しているとき、私たちは自然と、感覚を少し離れたところから、ていねいに観察しています。この観察こそが、感覚との間に距離をつくってくれます。

正解を当てるのではなく、しっくりくるイメージを探す。この違いを、頭の片隅に置いておいてください。


実際にイメージしてみる

では、項目に分けて、一つずつ観察してみましょう。

まず、今いちばん気になる感覚を一つ選び、それが身体のどのあたりにあるかを確かめます。ここでは例として、「みぞおちのあたりにある不安」を思い描きながら進めてみます。

  • 大きさ:どれくらいの大きさでしょうか。豆粒くらい、こぶし大、それとももっと大きいでしょうか。
  • 形と状態:丸いでしょうか、とがっているでしょうか。かたまりでしょうか、もやのような気体、水のような液体でしょうか。
  • :もし色があるとしたら、何色でしょうか。
  • 重さ:ずっしりと重いでしょうか、それとも軽いでしょうか。
  • 温度:熱いでしょうか、冷たいでしょうか。
  • 触感:ざらざら、ベタベタ、ツルツル、どんな触り心地でしょうか。
  • 動き:脈打っていますか、渦巻いていますか、それともじっとしているでしょうか。

こうして順番に観察していくと、「みぞおちにある不安」が、「みぞおちの奥にある、こぶし大の、黒くて重い、冷たい鉄の球のようなもの」として、だんだん像を結んでいきます。曖昧だった「なんだか嫌な感じ」が、少し眺められる「もの」に変わっていくのが分かるでしょうか。

イメージできたら、それを消そうとはせず、しばらくそのまま眺めてみます。無理に何かをしようとしなくて構いません。今回は、ここまでで大丈夫です。途中で考えごとに逸れても問題ありません。気づいたら、また観察していた感覚へ注意を戻します。


感覚から感情へ

ここまでは、身体の感覚を「もの」としてイメージする練習を紹介してきました。実は、この方法はもともと、身体感覚だけでなく、不安や怒り、悲しみといった感情そのものに対しても使えるものです。

「胸のあたりの不安」だけでなく、「この不安という気持ちそのもの」を、色や形や大きさのある「もの」として思い描いてみます。やり方は同じで、大きさは、形は、色は、重さは……と、一つずつ眺めていきます。

強い感情に飲み込まれそうなとき、その感情を一つの「もの」として少し離れて眺められると、それだけで、感情と自分の間にわずかな隙間が生まれます。まずは身体の感覚で練習し、慣れてきたら、感情そのものにも応用してみてください。


おわりに

ビジュアライゼーションで大切なのは、不快な感覚を消すことではありません。曖昧な感覚に「見えるかたち」を与え、少し離れたところから、ていねいに眺められるようにすること。そして、しっくりくるイメージを探す過程を通して、感覚をよく観察することです。

感覚が「もの」として扱えるようになると、それを無理に追い払うのでもなく、飲み込まれるのでもない、第三の付き合い方が見えてきます。まずは、症状がそれほど強くない時間に、一つの感覚を選んでイメージしてみてください。慣れてきたら、感情そのものにも広げてみましょう。

次回は、そうして「もの」として眺められるようになった感覚に対して、押しのけるのではなく、その感覚のための余白を広げていく「エクスパンション」を紹介します。