ACT実践ガイド⑦ エクスパンション(息を吹き込む)
こんにちは、髙杉です。今日は、心療内科のお話をします。
はじめに
前回は、胸のモヤモヤやお腹の重さといった曖昧な不快感に、色や形や大きさのある「もの」としての姿を与えてみる、ビジュアライゼーションを紹介しました。「みぞおちの奥にある、こぶし大の、黒くて重い鉄の球」——そんなふうに、なんだか嫌な感じを、少し離れたところから眺められるようになってきたのではないでしょうか。
ところが、眺められるようになると、たいてい次の声が聞こえてきます。「で、この鉄の球は、どうやったら消えるんですか」。せっかく像を結んだのに、結局また「早く消したい」に戻ってしまう。あるいは、消えないと分かると、今度は「消えないなら、歯を食いしばって過ぎ去るのを待つしかない」と、耐えるモードに入ってしまう。
この「消そうとする」と「歯を食いしばって耐える」は、一見すると正反対に見えて、実は同じ一つのことをしています。どちらも、その感覚と闘っているのです。今回紹介するエクスパンションは、この闘いそのものを、そっと手放していく練習です。消すのでも、耐えるのでもない。その感覚のための余白を広げて、「そこにいていいよ」と居場所をつくってあげる。今日は、「我慢する」ことと「許す」ことはどう違うのか、そして「消すためではない」息の使い方を、順にお話しします。
エクスパンションとは
エクスパンション(expansion)は、「拡張」「広げること」を意味する言葉です。ここで広げるのは、不快な感覚そのものではありません。その感覚のために、自分の中に空けておく「余白」のほうを広げます。
たとえるなら、狭い部屋に、大きくて邪魔な荷物が届いてしまったようなものです。押し返して追い出そうとすれば、荷物とにらみ合いになり、ずっと力を入れ続けることになります。かといって、見ないふりをしても、荷物はそこにあり続けます。エクスパンションは、荷物を追い出す代わりに、部屋のほうを広げてしまう発想です。部屋が広がれば、荷物はそのままでも、私たちは窮屈さから解放され、部屋の中を動き回れるようになります。
大切なのは、その感覚を好きになる必要も、納得する必要もない、ということです。ただ「今は、ここにいていい」と、居場所を認めるだけです。消えるのを待つのでも、なかったことにするのでもなく、あることを許す。この「許す」という感覚が、エクスパンションの中心にあります。
「我慢する」と「許す」は違う
ここで、丁寧に分けておきたい二つがあります。「我慢する」ことと、「許す」ことです。この二つは、似ているようで、まったく別のものです。
我慢しているとき、私たちの心の中では、まだ闘いが続いています。「早く消えてくれ」「なんとか過ぎ去ってくれ」と念じながら、感覚を力ずくで抑え込み、歯を食いしばっています。表向きはおとなしくしていても、内側ではずっと力が入ったまま、その感覚を敵として扱い続けているのです。だから我慢は、とても疲れます。
一方、許すというのは、その力をふっとゆるめることです。感覚を抑え込むのをやめ、追い出そうともしない。「嫌だけど、今はここにあるんだな」と、あることを認めてしまう。闘いの構えを解く、と言ってもいいかもしれません。好きになるわけではありません。ただ、敵として扱うのをやめるのです。
なぜ、我慢よりも許すほうが、結果としてラクになるのでしょうか。ここには一つの仕組みがあります。私たちがつらいとき、実は二種類の苦しさが重なっています。一つは、不安や痛みといった感覚そのもの。もう一つは、それと闘うことで生まれる、二次的な苦しさです。「消したいのに消えない」「こんな自分ではダメだ」——感覚に抵抗すればするほど、この二つ目の苦しさが膨らんでいきます。
我慢も、見ないふり(回避)も、どちらもこの闘いですから、二つ目の苦しさを増やしてしまいます。闘いをやめると、この二次的な苦しさのぶんだけ、荷が軽くなることがあります。ラクになるとすれば、それは感覚が「消えたから」ではなく、それと「闘わなくなったから」なのかもしれません。
息を吹き込んでみる
では、実際にやってみましょう。ここで登場するのが、「息を吹き込む」というイメージです。
一つ、はじめにお伝えしておきたいことがあります。この呼吸は、深呼吸をしてリラックスし、嫌な感覚を消すためのものではありません。同じ「深呼吸」でも、狙いが逆です。ここでの息は、感覚を追い出すための道具ではなく、その感覚のまわりに余白を開いていくためのイメージだと思ってください。
一つずつ進めます。
- 観察する:まず、前回までのように、今いちばん気になる感覚を一つ選び、それが身体のどこにあるかを確かめます。大きさ、形、色、重さ……と、しばらく眺めて、輪郭をはっきりさせます。
- 息を吹き込む:次に、ゆっくりと、お腹をふくらませるように深く息を吸います。そして、その息を、感覚のあるところへ、その中へ、まわりへと送り込むイメージを持ちます。息を吐くとき、その感覚のまわりの空間が、少しずつ開いて広がっていく——そんな感じを思い描きます。
- 許す:広がった空間の中に、その感覚を、そのまま置いておきます。追い出さず、居場所を渡すイメージです。消そうとも、押し返そうともしません。
- 広げる:呼吸を続けながら、その余白を、もう少し広げてみます。そして、今度は視野のほうを開いていきます。その感覚だけに狭く貼りついていた注意を、そっとゆるめてみるのです。よく見わたせば、自分の中には、その嫌な感覚のほかにも、呼吸のリズムや、足の裏が床に触れる感触など、いろいろな感覚があります。まわりにも、部屋の明るさや、遠くの物音や、手のぬくもりがあります。感覚をその居場所に置いたまま、狭くなっていた視野を、まわりの世界の全体へと開いていきます。
途中で「まだ消えないな」と思っていることに気づいたら、それは、いつの間にかまた消そうとしていたサインかもしれません。そのことに気づけたら、それで十分です。責める必要はありません。もう一度、そっと息を吹き込むところに戻ります。
うまく余白が広がる感じがつかめなくても、大丈夫です。「今日はよく分からなかった」ということに気づくのも、りっぱな一歩です。
おわりに
エクスパンションで大切なのは、不快な感覚を消すことでも、我慢して耐えることでもありません。その感覚のための余白を広げ、「今はここにいていい」と、あることを許すことです。ラクになるとしたら、それは感覚が消えたからではなく、感覚と闘うのをやめたからなのだと、頭の片隅に置いておいてください。
まずは、症状がそれほど強くない時間に、前回イメージした感覚を一つ思い浮かべて、そこに息を吹き込んでみてください。消えなくて構いません。消そうとしていないか、ときどき自分を確かめながら、余白を広げる練習を、少しずつ重ねていきましょう。


