こんにちは、髙杉です。今日は内科のお話をします。

はじめに

 冬になると、「入浴中に突然倒れた」というニュースを目にすることが増えます。昨年の冬に芸能人の方が比較的若くしてヒートショックで亡くなったこともあり、「これは高齢者だけの話ではないのでは?」と感じ始めた方も多いのではないでしょうか。
 実は、ヒートショックは高齢者や体力がない人にだけ起こるものではありません。どれほど健康に自信があっても、どれほど元気に生活していても、たった一度の入浴が、その後の人生を大きく変えてしまうことがあります。
 実際に、私の祖父もヒートショックをきっかけに脳梗塞を起こしました。祖父はいわゆる健康オタクで、80歳を超えてもゴルフや畑仕事を楽しみ、病気らしい病気をしたことのない人でした。家族の誰もが、「この人は元気なまま年を重ねていくのだろう」と思っていました。ところが、いつもと変わらない、ある冬の日の入浴中、祖父はヒートショックを起こして意識を失いました。幸い、溺れる前に祖母が異変に気づいて救急要請をしたため、その場で命を落とすことはありませんでしたが、脳に血流が届かない時間が長かったため、結果として脳梗塞を起こしてしまいました。それまで元気に歩いていた祖父は、身体も言葉も不自由になり、次第に認知症が進み、コロナ禍も重なって、入院したまま亡くなりました。それまで当たり前だった日常が、ほんの少しの工夫で防げたはずの、たった一度の出来事をきっかけに、大きく崩れていったのです。
 だからこそ私は、この記事を読んでいる皆さんに、強く伝えたいと思っています。「自分は大丈夫」と思わず、少しの手間をかけて、自分らしい人生を生きる “いのち″を、守ってください。

ヒートショックとはなにか?どれくらい起きているのか?

 ヒートショックという言葉はよく耳にしますが、具体的にはどんな仕組みで起こり、どのくらい珍しいものなのでしょうか。
 まず、ヒートショックとは、急激な温度変化によって血圧が大きく揺れ動き、体がその変化についていけなくなる現象です。その結果として、失神や脳梗塞などが起こることがあります。詳しい仕組みはこのあとに説明します。
 そして、厚労省の統計をもとにした推計では、入浴中の急死は年間およそ1-2万人規模と推計されています。交通事故による年間死亡者数が2-3千人前後であることを考えると、とても身近なものに感じられますね。ヒートショックは、「特別な人に起きる珍しい事故」ではなく、ごく普通の家庭で、日常の入浴中に起きている家庭内事故なのです。

身体はどうやって脳に血液を届けているのか ― 水やりに例えて考える ―

 ここからは、ヒートショックの仕組みを詳しく説明します。
 脳がとても重要な臓器であることは言うまでもありませんね。しかし同時に、血流が少しでも低下するとすぐに不調が出る、非常にデリケートな臓器でもあります。それなのに、ヒトの脳はいちばん高い位置にあって、血液を届けにくくなっています。だから、私たちの心臓や血管はしっかり血圧をかけて、脳に血流を届けようとします。一方、血圧が高くなりすぎると血管が破裂してしまったり、傷んで詰まってしまいます。そのため私たちの身体には、「血管抵抗(血管の締まり具合)」や「血液の量」を細かく調整し、血圧を一定に保つ仕組みが備わっています。この働きを担っているのが自律神経です。
 少し専門的でわかりにくいので、庭のいちばん奥にある鉢植えへの水やりをに例えてみます。ホースは鉢植えまでの長さがないので、水を勢いよく出して届かせる必要があると想像してみてください。
 ・ 脳:庭の一番奥にある鉢植え
 ・ 血管:庭に水をやるためのホース
 ・ 血圧:ホースから出る水の勢い
 ・ 血管抵抗:ホースの太さ。ホースの先を絞ったりゆるめたりして調整する。
 ・ 血液量:蛇口から出る水の量。蛇口を閉めたり開けたりして調整する。
 ・ 自律神経:状況を見ながら、蛇口やホースやホースの先を調整する人
 想像できましたか?それではこの例えを使って、ヒートショックの流れを見てみましょう。
【その① 寒い場所では、血圧が上がる】
 暖房の効いた部屋から寒い脱衣所に移動すると、体は熱を逃がさないように血管をギュッと縮めます。血管が細くなると、血液は強い圧で押し出されるため、血圧は上昇します。
 水やりに例えると、ホースの先端を握って細くし、水を勢いよく遠くまで飛ばしている状態です。これは、脳にしっかり血を届けようとする正常な反応です。
【その② 血圧が上がりすぎると、下げようとする調整が始まる】
 血圧が上がりすぎると、身体は「これは高すぎて危ないぞ」と判断し、今度は血圧を下げようとする調整を始めます
 水やりに例えると、「勢いが強すぎるな」と感じて、蛇口を少しずつ絞り始めている段階です。
【その③ そこで熱いお風呂に入ると、一気に血圧が下がる】
 その状態で熱いお風呂に入ると、どうなるでしょうか。温かいお湯につかると、血管が一気に広がります。これは体温を調整するための正常な反応ですが、「すでに血圧を下げようとする調整がかかっている」ところに、「血管の急激な拡張が重なる」ことで、想定以上に血圧が下がってしまうことがあります。
 水やりに例えると、蛇口を絞って水量を調整している途中で、ホースの先を一気に緩めてしまったような状態です。水の勢いは急激に弱まり、奥の鉢植えまで水が届かなくなります。
【その④ 血圧が下がりすぎると、上げようと調整が始まるが・・・上手くいかないことがある】
 血圧が下がりすぎると、身体は「今度は低すぎて危ないぞ」と判断し、血圧を上げようとする調整を行います。しかし、加齢や糖尿病、自律神経失調症などで自律神経の働きが弱っていると、この調整がうまく働きません。調整する力があったとしても、脱水でそもそもの血液量が不足していると、血圧を上げることはできません。湯船に座った状態ならなんとか脳まで血液を届けられても、そこから立ち上がると脳の位置が高くなりすぎて届けられなくなることもあります。これが立ち眩みです。
 水やりで例えると、ホースや蛇口を調整する人がいなくなってしまったり、「勢いが足りないから水を増やそう」と蛇口をひねってもそもそも水が十分になかったり、鉢植えがさらに遠くに移動してしまうような状態です。
【その⑤ 脳に血液が届かず、「脳梗塞と同じ状態」になる】
 こうして脳への血流が一時的に低下すると、脳は酸素不足の状態に陥り、ふらついたり、気を失ったりします。リビングで気を失っても、頭を強く打たなければ大事に至ることはあまりありませんし、家族がすぐに見つけて救急要請してくれるでしょう。でも、湯船で気を失ったらそのまま溺れてしまう可能性があります。溺れなくとも、家族の目が届かないことで発見が遅れ、脳に血流がいかない状態が長く続くと、脳梗塞と同じように低酸素で脳の細胞が死んでいってしまいます。こうなると、いのちは取り留めても、元通りの日常に戻ることは難しくなります。

では、どうすれば防げるのか ― 今日からできる現実的な対策 ―

 ヒートショックは、知っていれば防げる事故です。これまでに説明してきた仕組みを理解すると、どうしたらよいかも自然に見えてくると思います。
 ・ 入浴前・入浴中の水分摂取(蛇口をひねれば水を増やせるようにしておく)
 ・ 脱衣所と浴室をあらかじめ暖める(ホースの先を絞りすぎない)
 ・ 湯船の温度は41℃以下に設定する(ホースの先を緩めすぎない)
 ・ かけ湯をして、急激な血管拡張を避ける(ホースの先は少しずつ緩める)
 ・ 湯船から急に立ち上がらない(鉢植えを急に遠くに移動しない)
 ・ 睡眠や運動で自律神経を整える(蛇口やホースの調整役をしっかり働かせる)
 ・ 家に一人のときは入浴しない/させない
 ・ 浴室のアラームや見守り機能を確認しておく
 すべてを完璧に行う必要はありません。できることからで構いません。どれか一つでも実行すれば、リスクは確実に下がります。ちなみに私は昔から長湯が好きで、自律神経が弱かった思春期には、よく湯船から立ち上がった瞬間に気絶して、そのまま身体を冷やして風邪を引いたり、ぶつけてあざを作ったりしていました。いまはタイマーをかけて長湯を避け、お風呂にレモン水500mlを持ち込んで風呂上がりまでに飲み切るようにしています。一人暮らしなのでスマホも持ち込んで、なにかあったらすぐに緊急要請できるようにしています。

おわりに

 ヒートショックは、体力や気合の問題ではありません。元気な人ほど、「自分は大丈夫」と思いがちです。しかし、ちょっとした体調やコンディションの具合で、血管や自律神経の調節が乱れる可能性は誰にでもあります。ヒートショックを防ぐ工夫は、慣れるまでは少し面倒に感じられるかもしれませんが、いのちを守るために必要な手間としては、決して大きなものではありません。備えあれば憂いなし。この記事が、あなた自身や、あなたの大切な家族の「いつも通りの冬」を守るきっかけになれば幸いです。