大腸内視鏡への想い
こんにちは。院長の河原です。
今日は内視鏡についてお話をしようと思います。
少し前に大腸内視鏡を行って、18mmほどの大腸ポリープを切除した方の顕微鏡の検査の結果が高度に異形のある腺腫でした。
これはどういう意味かというと、この方のポリープは良性ですが、あと数年(もしかして数か月)でがんになるポリープですよ、ということです。
この患者様は60代の方ですが、毎年大腸がん検診を受けていました。今回初めて大腸がん検診にて便潜血が陽性になったため、大腸内視鏡を行ったのです。1年でポリープが18mmの大きさに育つとは考えにくいので、昨年はポリープがあったのに便潜血が陰性だったという事です。そして今年、もし便の検査が陰性で大腸内視鏡を行っていなかったとしたら、来年くらいに大腸がんでおなかを切る手術をしなければならなかったかもしれないということになります。
大腸がんの9割は、ポリープが大きくなってがんに変わっていったものです。ポリープががんに育ってしまうまでには、何年もかかります。今回切除したこの患者様のポリープは何年も前から大腸にあったということになります。もう少しでがんになるところまで育っていても、何も症状が出ないし、便潜血反応も陰性だったということです。
大腸がん検診で行うのは、便潜血反応です。大腸ポリープで便潜血反応が陽性になるのは30%前後と言われています。つまり便潜血反応では大腸ポリープを見つけることはできないということです。
大腸がんはがんになる前のポリープの状態で見つければ、内視鏡で簡単に切除することができます。ポリープからがんに育ってしまうまでには何年もかかるわけですから、2~3年に1回大腸内視鏡を行っていれば、ほとんどの大腸がんは防げます。これが定期的に大腸内視鏡を私たちがみなさんにお勧めする理由です。
もっとたくさんの方が大腸内視鏡検査を受ければ、大腸がんは激減するはずなのです。
しかし、大腸内視鏡は苦しい検査というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。それは従来の大腸内視鏡挿入法が、確かに痛みを伴うものだったからです。長年をかけて、特に日本の内視鏡医たちが工夫を凝らし、少しでも痛くない挿入法を考えつくして、匠の技を要すものの、多くの患者様が強い痛みや苦しみを感じることなく検査を受けられるようになりました。
しかし、その技術を持っている医師は多くはありません。一番危険なのは、技術が伴わないのに鎮静剤を大量に使用して行う大腸内視鏡です。実際に海外では麻酔科医の管理下で全身麻酔をして大腸内視鏡を行っている国も多いのですが、そういった国では大腸穿孔(大腸に穴が開いてしまう事です)という重大な合併症の確率が考えられないくらい高いのです。しっかりとした技術を身につけた医師が、適正に鎮静剤を使用して行う必要があるのです。日本では、その技術を身に着けるために、多くの内視鏡医が日々努力を続けています。
大腸内視鏡は、かなり高度な技術を要します。
胃カメラは3年ほどでも、まあまあ上手にできる医師もいます。しかし、大腸内視鏡は3年くらいでは上手くはなれません。内視鏡を集中的に行える施設にでもいない限り5年でも上手い医師は稀です。内視鏡件数で言えば、1万件くらいは行わないと、患者さんが楽に受けられるような内視鏡手技は習得できません。そして、難しいからこそ夢中になる医師が結構います。私もその一人です。
私はもともと消化器外科医です。多くの外科医がそうであるように、私も手術がうまくなりたくて医者になりましたので、手術日はほとんど手術室にいました。自分の手術がなくても手術室に行き、上手い医師の手術を見ているのも好きでした。もちろん、手術手技は簡単ではありません。難しいからこそ、先輩たちからコツを習って、ひたすらに経験を重ねてやって出来るようになるものです。
医局に入った外科研修医が、手技として覚えなければいけないことは手術手技のような治療の手技だけではありません。内視鏡などの検査手技です。
私の入った医局では、検査手技としてバリウム検査と胃カメラは全員が覚えますが、超音波検査と大腸内視鏡検査は、どちらかを選択する傾向がありました。そして私は迷わず大腸内視鏡を選択しました。
学生時代に実習で内視鏡検査を見学した時から、内視鏡検査には強い興味を持っていました。当時の画像は今と比べるとかなり荒いものでしたが、胃の中や大腸の中がテレビ画面にリアルタイムで写っているのを見て、ものすごく感動したのを覚えています。
また、実習の時に内視鏡検査について熱く語ってくれた、消化器科の医師が内視鏡技術に自信と誇りを持っているのを感じました。内視鏡技術を体得するのに何年もかかると言っていたのを聞いた時、ぜひ自分も体得したいと思いました。ですから、今私が内視鏡を行っているのは、少なからずあの時のM先生の影響があると思います。(とても怖い先生でしたが…)
さて、無事に消化器外科に入局した私は、すぐにでも大腸内視鏡を行いたかったのですが、大腸内視鏡には胃カメラを一人前に扱えなければ触れさせてもらえません。私の医局では内視鏡室への研修は1年生の時に3か月と決められていましたが、病棟のチーフに頼んで6か月にしてもらいました。まずは胃カメラをしっかりと習得です。最初の1か月は内視鏡の見学と洗浄、セットアップを覚えます。その次の1か月で、先輩が一通り観察し終わった後、途中から変わってもらって実際の操作の感覚をつかみます。3か月目には、先輩に見込みありと判断してもらえれば、初めから通して内視鏡検査を行います。つまり3か月では、何とか胃カメラを通してできる程度にしかなれません。私はその後も3か月胃カメラをさせてもらいました。そして研修医2年目に入って、大腸内視鏡検査をやらせてもらえるかというと、まだです。はじめは見学のみでした。
研修医2年目の中頃、医局で大腸内視鏡練習のためのキットを購入しました。これは実物大のおなかの模型で、おなかの前面が開くようになっており、中にはシリコンでできた大腸の模型が入っています。模型の肛門から本物の大腸内視鏡を挿入して、シリコンの作り物の大腸の中を進んで、盲腸まで入れていく練習をするキットです。
これが結構難しくて、先輩達もトータル(大腸の一番奥まで入れること)するのに、かなり苦労していました。
私はこの練習用キットに夢中になりました。当時は医局の前に内視鏡室がありましたので、仕事が終わった後、暗い内視鏡室に入って時間が経つのも忘れて毎日のように練習していました。このキットは、今私が行っている、無送気の軸保持法とは異なりますが、内視鏡の操作法をマスターするのには、かなり役立ったと思っています。
医師3年目で大学病院から出張して都立病院に赴任しましたが、そのころから本格的に大腸内視鏡を始めました。その後はどこの病院に勤めても、手術と内視鏡の技術を磨くことを優先してきました。
自分でも、まあまあの内視鏡の腕を身につけたなあ、と思っていたころに、無送気法を知りました。
大腸内視鏡を苦しくなく行うには、大腸の一番奥までスコープを如何に痛くなく進めるかにかかっています。腸の中を観察するには、空気を入れて腸を膨らませる必要があります。空気を入れることを送気と言います。大腸内視鏡は大腸の一番奥まで入れてから、抜きながら送気して観察する検査ですので、奥まで行く「行き」の時は、極力空気を入れないで行った方が苦しくないのです。
「無送気」というのは空気を全く入れないということです。つまり「行き」の間は送気のスイッチをオフにしてしまいます。当時の常識としては、「空気を入れなければ進む先が見えないではないか、そんなことができるわけない。」というものでしたが、先端にキャップをつけ、少量の水を入れることで、数ミリ先が見えるようになります。そのわずかなスペースを用いて、大腸の「ひだ」を一つずつ引き寄せるようにして進めていくことにより、大腸の曲がり角で、「ギュー」とスコープを押し込むことがなくなるので、痛くないのです。
しかし、これがまた、さらに高度な技術を要します。そしてやはり、この挿入法に夢中になる日々が始まりました。3年ほどでほぼマスターしましたが、(これは、良い本がたくさん出ているから3年です。挿入法を編み出した医師達の苦労は計り知れないものがあったと思います。深く感謝しています。)その後も、進歩を続けている自分を感じています。もちろん今もです。腸管の走行は100人いれば100通りです。ゴールデンスタンダードの挿入法をきちんと行い、そのうえパターンに合わせて挿入法を応用していく。痛みが出ないように丁寧に、丁寧に。
内視鏡を行うようになってもうすぐ30年になりますが、いまだに挿入に難渋することがあります。(難渋することがない医師はいませんが)しかし、難渋するたびに新たな工夫が見つかります。その新たな工夫を見つけていく努力を続けている限り、進歩を続けられると思っています。
大腸内視鏡を行うことが大腸がんを予防する最も有効な手段と思っています。そして大腸がんを減らすことが内視鏡医の使命と心得ています。この地域から大腸がんで手術をしなければならない人を一人でも減らしたいと願って毎日内視鏡を行っています。


