こんにちは、髙杉です。今日は私の日常のお話をします。
 
 クリニックで午前の診療を終え、昼休みの時間。お昼ご飯を食べ終えたら、私は「くさぶえのみち」に向かいます。中川駅から徳生公園まで水路に沿って続く緑道、別名「くさぶえのみち」。往復3㎞ちょっとと決して長い距離ではありませんが、ここで過ごす時間が、私の毎日を支えてくれています。

昼休みの30分がくれる“小さな旅”

 午前の診療が終わったとき、私の頭の中にはまだ、午前中に見聞きした声や表情が残っています。診断に悩んだケース、もう少し良い説明ができた気がするケース。そんな思考を抱えたままパソコンの画面を見つめ続けていても、心は休まりません。だから私は、白衣を脱いで外に出ます。空気の匂いが変わり、風が頬を撫でた瞬間に、体と心が切り替わり始めます。

五感で楽しむ、四季の中川緑道

 晴れた日の緑道の景色は、いつだって最高です。秋は紅葉。木々の高いところから少しずつ葉っぱが染まっていき、木の実が熟していきます。葉が落ちたあとは、それまで隠れていた枝の一本一本が、高く澄んだ冬空に浮かび上がります。冬の日差しは柔らかく、木漏れ日の中を走っていると、そのあたたかさに思わず「ありがとう」と言いたくなります。
 晴れの日だけではありません。みなさんに一度は味わっていただきたいのが、実は雨の日なんです。パタパタっと傘に当たる雨音のリズムはそれだけで楽しく、水かさを増した水路は普段のせせらぎからは想像もつかない勢いでジャバジャバと流れます。エノコログサがまとう宝石のような雫が風に揺れて零れます。普段は遠慮がちに水路にうずくまっている水鳥たちが、道の真ん中を我が物顔で闊歩しています。たった一人で異世界に迷い込んでしまったような不思議な静寂の時間に、晴れの日とはまた違った安らぎを感じます。
 香りにも季節があります。夏の雨上がりは草木の香りが濃く、秋口は金木犀の甘い香りに包まれます。落ち葉が積もる頃には土と葉の混ざった優しい匂いが漂い、冬は冷たく澄んだ匂いが胸を満たします。足の裏からもいろいろなことが伝わってきます。石畳の隙間や小石のでこぼことした感触、シャクシャク踏みしめる落ち葉のふわふわとした感触。小枝やどんぐり、霜柱を踏み割るときの小気味よい感触も好きで、見つけるとわざわざ踏みに行ってしまうこともあります。
 耳をすませば、鳥のさえずりや虫の声、遊んでいる園児たちの笑い声。大きなカメラで珍しい野鳥を狙う人、ベンチでお弁当を食べる人、木陰で読書に勤しむ人、腰を下ろしてキャンバスに景色を描く人。走っていると、自分もその風景の一部になったような気がしてきます。風が頬をなで、足音が水音に溶けていく。気づけば、心の中まで静かに整っているーーそんな時間が、ここには流れています。

心と体が整う、小さな儀式としての緑道ラン

 昼にこの緑道を走る時間は、私にとって一日の「仕切り直し」のようなものです。たった30分ほどの時間ですが、行くか行かないかで、午後からの自分がまるで違ってきます。もし行かずにそのまま診察室でパソコンやスマホを眺めて過ごしたとしたらーー体も頭も、休めているようで全然休まりません。椅子に座ったままでは血流が滞り、呼吸が浅くなり、午前の診療の反省会が頭の中で勝手に始まってしまう。SNSを見れば情報があふれ、頭は混乱、心はさらにざわつきます。
 いったん外に出て緑道を歩き出すと、まずは身体が喜びます。ふくらはぎがポンプのように働き、全身に血が巡る。胸が開いて、深呼吸ができる。食後の血糖値の上昇もゆるやかになるので、午後の眠気とは無縁です。そうやって体が整うと、夜は驚くほどよく眠れます。寝つきが良く朝までぐっすり、おまけに快便。たまに忙しくて運動できないとよく眠れないし便秘になってしまいます。これだけでも違いは歴然です。
 自然の中に身を置くと、心のリズムも穏やかになります。水の音、風の感触、木々の影、遠くの鳥の声。どれもが「いまここ」に意識を戻してくれる。午前中の重たかった出来事も、足を進めるうちにだんだんとほどけていく。診察室に戻る頃には、心がまっさらに戻っているのを感じます。午後の診察中も頭がよく働き、患者さんへの言葉も優しくなる気がします。走っている最中に、難しい症例の解決策がふっと降りてくることもあります。診察室ではいくら考えても出なかったのに、風を受けながら走っていると突然「あ、これかも」とひらめく。いまここに集中すると、創造性が動き出すのかもしれません。
 そしてもう一つ、思わぬ副産物が地域とのつながりです。幼いこどもから高齢者まで、いろいろな人が思い思いに、自分の人生を大切にしている風景。同じ時間に同じ場所を歩いていると顔なじみができて、立ち話をすることもあります。そんなとき、「ああ、この人たちの健康を支える仕事ができているんだ」と実感するのです。最初は単なる運動の時間だったはずが、いつのまにか地域へのまなざしを取り戻す時間にもなっています。

5分だけでも外に出てみませんか

 もし最近、頭が疲れているな、眠れないな、息が詰まるなと感じているなら、ぜひ一度外に出てみてください。遠くへ行く必要はありません。仕事の合間、昼休みの5分でもいい。ただ外の空気を吸い、風にあたるだけで、体が軽くなり、心が静まり、視野が広がるのを感じるはずです。そしてもしお近くにお住まいでしたら、ぜひくさぶえのみちを歩いてみてください。緑道の景色は今日も静かに変わりながら、あなたを待っています。