こんにちは、髙杉です。今日は心療内科のお話をします。

はじめに

 前回の記事では、心理療法は、「心を変える」治療ではなく、「心とうまく付き合う力を育てる」ための練習だというお話をしました。では、「心とうまく付き合う」ためには何をしたらよいのでしょう。その答えのひとつとして、心理療法の世界では「つらい気持ちや考えを受け入れることが大切」とよく言われます。この「受け入れる」という言葉、みなさんはどんな印象を持つでしょうか。「諦めるってこと?」「我慢するってこと?」――そんなふうに感じる方もおられると思います。
 しかし、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)で使う〈受け入れる〉という言葉のニュアンスは、少し違います。そのニュアンスの違いが伝わりやすいように、私たちの心理療法では、〈受け入れる〉ことを 「アクセプト」 と呼び、その態度や姿勢を 「アクセプタンス(受容)」 と呼んでいます。これからたくさん出てくる言葉なので、良かったら覚えてみてください。
 「アクセプタンス」は、諦めることや我慢することとどう違うのでしょうか。そこで今回は、アクセプタンスそのものを理解する手前のステップとして、まず「アクセプタンスとは反対の態度(=受け入れない態度)」を見ていきたいと思います。「受け入れないときに、私たちはどんな態度をとっているのか」ということです。この「受け入れない態度」を理解すると、アクセプタンスとはなんなのか、なぜアクセプタンスが必要なのか、そしてそれがどんなふうに役に立つのかが、ずっと分かりやすくなります。

アクセプトしない3つの戦略

 私たちはつらい気持ちに出会ったとき、本能的に「逃げる」「従う」「戦う」という反応を取るようにできています。どれもとても人間らしい反応で、短期的には確かに役に立ちます。しかし長い目で見ると、自分が本当に望んでいる生き方から少しずつ離れてしまうことがあるのです。

① 逃げる ――「感じないようにする」「考えないようにする」

 たとえば、不安に押しつぶされそうなとき、みなさんは不安をどう扱いますか。とりあえずスマホを開いてSNSやゲームで気を紛らわせ、なるべく考えないようにする、という作戦はどうでしょう。その瞬間だけは、不安がすっと小さくなったように感じられるはずです。こうした〈回避〉は、短期的には心を守るのに役立ちます。
 ただ、長期的に見るとデメリットもあります。不安は人生から取り除くことができないものですが、避けてばかりいると「不安=避けるべきもの」として脳が学習してしまうので、常に不安そのものに怯えなくてはならなくなります。考えると不安になるような現実の問題を避けて先延ばしにしていると、問題が大きくなってしまうかもしれません。「やりたい」より「不安にならない」を優先することが習慣になってしまうと、生活の中で出来ることがどんどん少なくなり、人生が狭くなっていってしまいます。

② 従う ――「感情の言うとおりに動いてしまう」

 こどもが言うことを聞かず、イライラが募ったとき、みなさんはどう対応していますか。一緒に暮らしているこどもが目の前で暴れていたら、「逃げる」わけにはいかなさそうです。我慢するのもストレスが溜まるし、いっそいらだちにまかせて怒鳴りつける、というのはどうでしょう。こうした「思考や感情に従う」作戦は、その瞬間の強い不快感から素早く抜け出せるため、そのときはスッキリするものです。葛藤したり、対応を考えたりする必要もないので、短期的にはラクに感じられます。
 しかし後から、「これでは親失格だ」と自己嫌悪が押し寄せたり、こどもとの関係が傷ついたりして、余計につらくなってしまうことも多いのではないでしょうか。感情に従って行動を選ぶと、長期的には「こういう自分でありたい」「こういう関係を築きたい」という価値から離れてしまうことがあります。それでも一瞬はスッキリすることを脳が覚えてしまうとそこから抜け出すことは難しく、気づくと衝動的な反応を繰り返す習慣が身についてしまうのです。

③ 戦う ――「ネガティブを消す」「前向きにならなきゃと頑張る」

 自分に自信が持てず気分も落ち込んで、これまで逃げたり従ったりしてばかりだった。「このままではいけない」と思い立ったとき、みなさんならどうしますか。前向きになれるセミナーに参加したり、自己啓発本を読んでみるのはどうでしょう。一時的にネガティブな考えが消えて、すっかりポジティブな自分に生まれ変わったような気がするかもしれません。しばらくは前向きな気持ちで過ごすことができるでしょう。
 でも、生きている限り、苦痛や困難をすべて避けることはできません。大切な人が亡くなるかもしれないし、こどもが病気になることもある。自分の失敗が原因で職を失うことだってあり得ます。そんなときにネガティブな気持ちになるのは当然で、「前向きでいよう」とすることのほうが、むしろ不自然です。苦痛に対してネガティブに反応するのは、壊れた心ではなく、正常な心の働きなのです。それなのに「こんなに落ち込むなんてダメだ」「もっと前向きにならなきゃ」と、自然な反応に逆らおうとするとどうなるでしょうか。苦痛そのものよりも、「苦痛を消そうとする終わりなき戦い」のほうがつらくなってきます。長期的には「ポジティブでいなければならない」という新たなプレッシャーが生まれ、ネガティブな気持ちが出るたびに自分を責めてしまう悪循環をつくり出します。戦えば戦うほど、ネガティブが「倒すべき敵」としてかえって大きく膨らんでいくのです。

3つの戦略の共通点

 ここまで見てきたように、「逃げる」「従う」「戦う」という3つの反応は、どれも短期的には確かな助けとなる行動です。だからこそ、やめることは難しく、つい繰り返してしまいます。そしてこの3つに共通しているのは、どれも根底に「この苦痛をなんとかコントロールしよう」という発想があるということです。
 ここで思い出していただきたいのが、はじめに触れた「受け入れる=諦める/我慢する」という誤解です。「諦める」「我慢する」という態度は、一見「受け入れている」ように思えるかもしれません。でも、よく見てみると、「諦める」は〈従う〉に、「我慢する」は〈逃げる〉や〈戦う〉に近い態度であることに気づきます。つまりこれは、アクセプタンスとは正反対の〈コントロール戦略〉に含まれるのです。
 しかし残念ながら、思考や感情そのものはコントロールできませんコントロールしようと頑張れば頑張るほど、かえって心の中が苦しさで占領されてしまいます。そして、いつもの反応――逃げる、従う、戦う――を選び続けていると、自分が本当に望んでいる方向、すなわち「どんな人でありたいか」「どんなふうに生きたいか」という価値から、少しずつ離れていってしまうのです。

おわりに

 今回は、アクセプタンスを理解する前段階として、 「アクセプトしない3つのコントロール戦略」について考えてきました。どれも人間として自然な反応であり、短期的には確かに楽になります。しかし長期的に見ると、自分の望む生き方から離れてしまう場面があることもわかります。ちなみにACTでは、この「いつもの反応をするか、それとも別の選択をするか」という分岐点を〈チョイスポイント〉と呼びます。
 では、苦痛をコントロールしない態度である〈アクセプタンス〉とは、実際にはどういうものなのでしょうか。私たちにコントロールできることは全然ないのでしょうか。次回はACTにおけるアクセプタンスについて、具体的に見ていこうと思います。お楽しみに!